スルタンは人魚を膝に抱き上げて、冷たい銀鱗の生えた足に触れてみた。お前にはもう、誓った相手がいるのかとスルタンは問う。
桜色の肌を染め、人魚はスルタンを見つめた。
「なぜでしょう……スルタン。わたしにはあなたがとても、寂しそうに見えます。」
スルタンは小さな青い人魚の輝く髪に、そっと唇を寄せどこか懐かしい海の匂いを嗅いだ。
「わたしの王妃は……お前の海の王国を訪ねたはずだ。数年前に……。」
「お妃さまが?でも、人は海の底では、息ができま……あ。」
それは、海に身を投げて命を落としたことなのだと、やっと人魚は気が付いた。
太守は、優しい笑みを浮かべると、人魚に今はない妃の話をした。
スルタンの名誉を守る為、敵国へと送還される船から、冷たい海へと身を投げたのだと言う。それは、北へ向かう海の上だった。寂しいスルタンの妃は、先の戦で捕虜となり敵兵から辱めを受けた。
船の上で、酒色にふける兵士たちの戯れの慰み者となった王妃は、給仕をする振りをして、刀を奪うと胸を突き、愛するマハンメドの名を呼び船の舳先から身を投げた。
後を追い共に身を投げた侍女は、海を漂っているところを助けられ、妃の最期を涙ながらに伝えると味方の兵士の腕の中で憤死した。
苛立った部隊長は、次々に後宮の宝物を運び出すと、女たちの中から見目良いものだけを選び、小舟に乗せ沖へ漕ぎ出た。美貌の王妃もその中に含まれていた。
船の上では一人ずつ甲板に引き出され、中に王妃はいないかと詰問を受けた。さらわれた女たちは、奴隷女のようにすべての衣類を奪われると剥き身で並ばされた。
兵士たちは酒を飲みながら自分が乱女を自由に選んだ。
震えながら順番を待つ女たちの中にいた王妃は、やがてヴェールを落とし進み出た。
「北の国に住む下賤の者たちよ。愚かなそなたたちには、貴人の区別もつかぬのか。」
滑らかな褐色の肌と煌めく琥珀の双眸が、部隊長と見つめていた。青ざめた妃の口角がくっと上がった。
「その方が隊長か。……後宮、3000人の女の中でただ一人、スルタンを落とした、わらわのこの芳しい身体を味わってみたくはないか……?」
波打つ赤褐色の髪が陽を浴びて眩い宝冠となり、妃の身体を覆っていた。
大隊の部隊長が、ゆっくりと腰を上げた。
「気丈な王妃だ。それは、命乞いかな?」
「命乞いなどではない。交換条件だ。わたしの女官に手をつけずに解き放て。」
王妃は共に連れてきた女官たちの解放を望んだが、それは王妃次第だと部隊長はほくそ笑んだ。
「王妃さまには、囚われの身であることをお忘れのようだ。さあ、その強気もどこまでもつかな。喘げば甘い蜜が溢れると音に聞こえたその身体、北の王に成り代わり俺が試してやろう。何、全ては船上で起こったことだ。兵士全員が口をつぐめば良いだけのこと。いずれは身代金と引き換えに、恋しいスルタンの元へ帰れるだろうよ。」
「これから船の中では、子羊のように従順にふるまう事だな。俺を満足させてみろ、東の蛮族の女王。」
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